技術の実践者 · 小売業のデジタル化に携わる者 · 紫塞明珠網の創設者
こんにちは、**沈楠(Shen Nan)**です。
現在は寛広控股集団有限公司の取締役・副社長・CIOを務め、日本の桜美林大学大学院で情報学修士号を取得しています。通信部隊、通信事業者、そして小売企業へ。30年以上にわたり、ネットワーク、ソフトウェア、データと、それを使う人々に関わってきました。
1998年に、後に**紫塞明珠網**と呼ばれるサイトを作り始めました。今も運営を続け、技術、小売、承徳、そして日常の残しておきたい小さな出来事を綴っています。
コードを書くことも、具体的な問題を考え抜くことも好きです。技術の名前は変わっても、考え方は同じです。問題を理解し、分解し、できる限りシンプルで信頼できる技術で解決すること。
デジタル名刺(中国語) · メール · GitHub · 短い紹介文 · 詳しい経歴と資料
今、関心を持っていること
- 小売DXとAIの活用: システム、データ、AIを実際の業務に取り入れ、安定性、効率、コスト、成果を重視しています。
- 基盤と技術の実践: クラウド、IoT、データセキュリティ、災害復旧、ソフトウェア開発を探究し、自分でもコードを書き、システムを保守しています。
- 紫塞と地域のインターネットの記憶: 旧アドレス、旧ページ、公開記録を整理し、承徳の初期インターネットの足跡をたどれるようにしています。
- 執筆と日常の観察: 具体的な小さな問いから、技術、経営、暮らしを考えています。
紫塞網について
1998年に始まった紫塞は、ポータル、掲示板、チャット、ブログを経て、PC、ブロードバンド、モバイル、AIという時代の変化を見てきました。
今の zisai.com は、私個人のデジタルな居場所です。
- 技術: ソフトウェア、ネットワーク、サーバー、Hugo、Go、AI、具体的な実践。
- 小売: 現場の小さな課題から考える、デジタル化と経営の観察。
- 承徳: 避暑山荘、熱河、古い街、インターネットの往事と地域の記憶。
- 暮らし: 旅、車、運動、日々ふと浮かぶ疑問。
- 昔のこと: 消えかけている個人や街の記憶を整理し、残すこと。
記録に値するのは、大きな出来事ばかりではありません。人生を形作るものの多くは、そのときは何でもないと思っていた小さな出来事なのだと感じます。
山河を綴り、歳月を刻む。
技術と暮らし
今もコードを書くこと、新しい道具や技術を試すことが好きです。Go、Python、SQL、Linux、Docker、Kubernetes、Hugo、クラウド、仮想化、ネットワーク・情報セキュリティ、IoT、データ分析、大規模言語モデル、AIなどに取り組んでいます。
技術に対する好みを一言にするなら、
できる限りシンプルな論理で、複雑な問題を解く。
技術以外では、散歩、ドライブ、音楽、魚の飼育、蘭の栽培、そして一人で静かにサイトをいじる時間が好きです。
1998年に紫塞を作り始めました。今も、一つのページ、一枚の画像、数行のコードを何度も調整しています。技術も道具も変わります。好奇心と、記録する習慣は、これからも残っていくのでしょう。
旅行も好きです。これまでにアイスランド、スイス、日本、韓国、オーストラリア、タイ、マレーシア、シンガポールを訪れました。サバでのダイビング、レイキャビクでの山歩き、シドニーでのランニングも思い出です。慣れた環境を離れ、各地の風景と日常を見ることも、仕事以外の楽しみです。
マラソンと運動の経験
承徳や北京などで、フルマラソンとハーフマラソンに参加してきました。
- 2016年10月15日・承徳国際マラソン: 42.195km、ネットタイム 4時間28分21秒。自己ベストです。
- 2017年10月29日・石家荘(正定)国際マラソン: 42.195km、ネットタイム 4時間52分48秒。
- その他: 承徳、北京のハーフマラソンにも出場しましたが、当時の記録はまだ見つかっていません。
マラソン成績の画面記録(中国語)。上記2回のフルマラソンの成績は、中国マラソン公式サイトで確認できます。
講演と交流
小売DXやインターネット業界の交流に参加し、通信、基盤、企業デジタル化の実務経験をもとにお話ししています。近年の講演には、次のものがあります。
- 2025年: 地域小売業のデジタル化への道——情報技術がもたらす革新と変革。中国小売デジタル化年会のFMCG業界デジタル化フォーラム。
- 2026年: 地方市場の企業におけるデジタル化とAI——選択と実装。第9回小売デジタル化年会・デジタルインテリジェンスエコシステムフォーラム。
地域小売DX、企業でのAI活用、基盤、データセキュリティ、地域のインターネット史について、メールでお気軽にご連絡ください。
短い紹介文
会議、イベント、取材での紹介用に:
沈楠。寛広控股集団有限公司の取締役・副社長・CIO、紫塞明珠網の創設者。日本の桜美林大学で情報学修士号を取得。1990年代から通信、インターネット、ソフトウェアの実践に携わり、2014年に小売業へ。企業情報化、小売DX、基盤、データセキュリティ、AI活用に継続して取り組んでいる。1998年に紫塞明珠網を作り始め、現在も運営と執筆を続けている。
詳しい経歴と資料
以下に職歴、技術プロジェクト、社会活動、表彰、公開資料をまとめています。プロジェクトと個人的な回想は私自身による整理です。第三者の記録には参照先を付けています。
通信からインターネットへ
技術との関わりは1990年代に始まりました。
1993年に通信部隊に入り、無線通信、単側波帯(SSB)、両側波帯(DSB)、コンピューター、データ通信に触れました。インターネットがまだ普及していなかった頃、接続といえば無線、シリアルポート、モデム、そして1対1のデータ伝送でした。
1995年頃にはC言語で通信プログラムを書き始め、BBS、ダイヤルアップ、初期のオンラインコミュニティにも触れました。1997年以降はWebやネット上の情報サービス、初期のインターネットアプリケーションへと関心が広がりました。
1998年に通信事業者へ入社。同じ年に、後に紫塞明珠網となるサイトを作り始めました。それ以来、インターネットは仕事と暮らしを貫く一本の線になっています。
紫塞明珠網と承徳の初期インターネット
紫塞明珠網は1998年に始まりました。 最初は、本当に小さなサイトでした。
ブロードバンドの普及とともに、ポータル、掲示板、チャット、ブログ、フリーマーケット、ソフトウェア配布、動画・音楽サービスなどへと広がり、承徳で早くからネットを使っていた多くの人にとって、共通の思い出となりました。
2001年頃にはPHP、MySQL、C++、ASP、Pascalなどを使い、紫塞フォーラム、チャット、ブログ、フリーマーケット、地域向けメッセンジャー「FreeICQ」、MUD『侠客行』、ブロードバンド向け映像・音楽サービスを開発・運営していました。
2002年には、承徳の地域文化を背景にした多人数参加型オンラインゲーム**『熱河風雲』**を開発しました。
今から見ると素朴な仕組みですが、地方のインターネットがダイヤルアップからブロードバンドへ移る過程を記録するものです。同時に、開発から運用までを経験した、私にとって最初のまとまった実践でもありました。
今も確認できる旧アドレス、旧ページ、第三者の記録を少しずつ整理しています。ネットの足跡、『夢幻西遊』コミュニティ旧址(中国語)、CCTV中秋節承徳会場ネット中継旧址(中国語)をご覧ください。
通信、ブロードバンド、IDC
1998年から2014年まで通信事業者で働き、コンピューターやデータ通信から、ブロードバンド網、業務システム、IDC、インターネット事業の運営へと担当が広がりました。
ADSLの業務システム、ネットワーク運用システム、映像配信基盤、IDC事業、コンテンツ事業者との連携などに参加し、また責任者として取り組みました。
2003〜2006年頃には、『科洛斯』『坦克宝贝』、網易の『夢幻西遊』『大話西遊』などの地域サーバー群の導入・運用に携わりました。複数のサーバー群は、承徳にちなむ**「避暑山荘」**でした。
ゲームアカウントの安全性が課題となった時期には、動的パスワードによる認証システムも設計・開発しました。
2009年頃からはIDC、ICT、インターネット基盤に関する仕事が増え、騰訊、優酷、アリババなどの関連事業の承徳への展開を進めました。ネットワーク、システム、データセンター、高可用性設計への理解を深めた時期です。
通信業界から小売業のデジタル化へ
2014年、長年勤めた通信事業者を離れ、承徳寛広控股集団の副社長・CIOとして入社し、後に取締役も兼任するようになりました。
環境は変わりましたが、向き合う問いには共通点がありました。システムをどう安定させるか。データをどう実際の価値につなげるか。オンラインと店舗をどう結ぶか。システム間の分断をどう減らすか。安全性、性能、コスト、業務効率をどう両立させるか。
その後の10年以上は、企業情報化、小売業のデジタル化、基盤、データ、セキュリティ、ソフトウェア開発に取り組んできました。EC、プリペイドカード、BI、ハイパーコンバージド基盤、クラウド、IoT、サイバーセキュリティ、災害復旧、WeChat関連サービス、AIなどの仕組みを段階的に整備してきました。
主な技術プロジェクト
| 年 | プロジェクト | 内容・技術 |
|---|---|---|
| 1998年〜 | 紫塞明珠網 | ポータル、掲示板、チャット、ブログ、フリーマーケットを展開。現在は個人サイトとして運営。Web、PHP、MySQL、Hugo。 |
| 2001年 | ADSL業務受付・処理システム | ブロードバンドの受付・処理を効率化するシステムを自主開発。ASP、SQL Server。 |
| 2002年 | 『熱河風雲』 | 承徳の地域文化を背景にした多人数参加型ゲームの開発・運営。Pascal、ネットワークプログラミング。 |
| 2003年 | 承徳ブロードバンド映像配信基盤 | 動画のオンデマンド配信とストリーミング。RealServer、Linux、PHP。 |
| 2003〜2006年 | オンラインゲーム地域サーバー群 | 複数タイトルの承徳サーバー群の構築・運用に参加。Linux、IDC、ネットワーク運用。 |
| 2006年 | 動的パスワード認証 | ゲームアカウントの保護を目的に認証方式を設計。C++、セキュリティ認証。 |
| 2016年 | ハイパーコンバージド・ハイブリッドクラウド基盤 | サーバー、計算資源、ストレージ、仮想化を統合。VMware、Docker、Kubernetes。 |
| 2016〜2021年 | オムニチャネル電子プリペイドカード | カード管理、電子利用処理、取引保護を整備。GoによるQRコードの動的暗号化。 |
| 2020年 | ESRS健康確認システム | 感染症対策を補助する店舗の健康確認・データ管理システムの開発に参加。C++、MySQL。 |
| 2023年 | グループ共通IoT基盤 | コールドチェーン、エネルギー、環境、設備、防犯の接続・監視。Python、MQTT。 |
| 2024年 | 中核データの災害復旧 | システム・機器をまたぐバックアップと復旧基盤。高可用性、データ保護。 |
| 2025年 | 寛広商業デジタル管理プラットフォーム | 小売業務・データ・管理の統合基盤。中国百貨商業協会の年間優秀小売デジタル化実践事例に選出。2025年中国国際デジタル経済博覧会でデジタル技術革新賞も受賞。分散設計、データ基盤、AI。 |
| 2025年 | AI人材評価システム | 大規模言語モデルによる評価データ分析、評価文生成、フィードバック支援を試行。 |
30年以上続く技術の歩み
- 1993〜1997年:無線通信とコンピューター。 SSB・DSBから、コンピューターとデータ通信へ。
- 1998〜2001年:インターネットとWeb。 通信事業者に入り、紫塞を開設。Perl、ASP、PHP、MySQL、C++などを学び、活用。
- 2002〜2008年:ブロードバンド、コミュニティ、ゲーム。 『熱河風雲』、チャット、掲示板、映像配信、ゲームサーバー、認証システムに取り組む。
- 2009〜2014年:IDCと通信事業。 IDC、ICT、データ通信、インターネット事業の導入と関連する運営管理に参加。
- 2014〜2020年:企業情報化とクラウド。 小売業でEC、カード、BI、仮想化、ハイパーコンバージド、企業クラウドを整備。
- 2021〜2024年:IoT、データ、セキュリティ。 Go、IoT、企業・決済セキュリティ、WeChat、中核データの災害復旧を実践。
- 2025年以降:AIと小売業のデジタル化。 大規模言語モデルやデータ分析を実際の業務に応用。
技術の名前は変わり続けます。変わらないのは、新しい技術への好奇心と、それを実際の問題解決に使いたいという気持ちです。
学歴
日本に留学し、桜美林大学大学院で学び、2021年に情報学修士号を取得しました。
留学は、20年以上続けてきた実務を研究の視点から見直す機会でした。また、身近で具体的な問題から考え始める姿勢も深まりました。大きな概念より、観察し、確かめられる小さな問いに惹かれます。その姿勢は、今の紫塞での書き方にもつながっています。
職務・社会活動
現在
- 承徳寛広控股集団:取締役・副社長・CIO
- 承徳寛広超市集団:監事
- 中国連鎖経営協会デジタル技術応用委員会:委員
- 中国百貨商業協会デジタル化工作委員会:委員
- 承徳市インターネット協会:副主席・執行主席
- 承徳市インターネット業界労働組合連合会:主席
- 承徳市警察協会:理事
- 承徳市双橋区電子商取引協会:会長
これまで
- 中国聯通承徳市分公司:部門科長
- 同社共産主義青年団委員会:書記
- 1993〜1997年:通信部隊に勤務
表彰・業界での経験
これまでに、全国優秀CIO、中国国際デジタル経済博覧会デジタル技術革新賞、中国通信企業協会の通信業界QCサークル活動診断師、河北省「知識型従業員」、承徳市「沈楠イノベーションスタジオ」などの認定・表彰を受けました。
承徳市では「優秀青年崗位能手」「最美科技工作者」「商務発展専門家」「十佳科普工作者」にも選ばれています。
表彰も一つの記録です。ただ、私自身は、作ったシステム、書いたコード、そして問題が解けたときの感覚を、より大切に覚えていたいと思っています。
公開資料
以下は中国語プロフィールに掲載された参照先です。資料の多くは中国語で、個人的な回想と第三者の記録を区別しています。活動の発生日とページの公開日は異なる場合があります。
- 2013年: 河北新聞網が、中国聯通承徳市分公司の青年団委員会書記として公益活動に参加したことを記録しています。
- 2016年: 承徳市商務局の第1期商務発展専門家名簿に、寛広の高級ソフトウェアエンジニア・システムアーキテクトとして掲載されました。別の報道には、4月21日に隆化県荒地郷の小学校への寄付活動に寛広代表の一人として参加したことが記されています。
- 2018年: メトラー・トレドの業界記事は、IT集中管理、電子棚札、オンラインと店舗の連携、独自アプリ「寛広慧雲」、複数業態の運営を紹介しています。また、承徳市文物局サイトが11月8日に公開した第1回インターネット年会の記事には、承徳寛広信息技術有限公司総経理としての講演が記されています。活動の実際の年は、なお確認が必要です。
- 2020年: 中国科学技術協会と河北省科学技術協会がESRSの取り組みを記録しています。私が単独で全体を開発したのではなく、インターネット協会会員の技術チームを率いて開発を組織しました。2月27日の報道では、Win32/Win64クライアント、Access/SQLite・MySQL、Go・Pythonサーバーを用い、承徳や北京など10以上の組織に無償提供し、累計50万回以上の本人確認を実施したとされています。河北省の人物紹介には紫塞明珠網の創設も記載されています。
- 2023年: 12月22日に承徳市インターネット業界労働組合連合会が成立。参照先には成立の経緯と私の主席就任に関する記録があります。別の記事は、6月8日に寛広で行われた仲裁・契約に関する交流への参加を記録しています。
- 2020〜2026年: 中国百貨商業協会の資料は、2020年の感染症流行期のオンライン・店舗連携と会員施策、2024年の年会参加、前述の2025年・2026年の講演、デジタル管理基盤の優秀実践事例選出を記録しています。同基盤は2025年にデジタル技術革新賞も受賞しました。
- 2026年: 9月の『承徳日報』の取材は、承徳のビジネス環境、チェーン小売、地域商業、市民向けサービスを取り上げています。
出典と参考資料
- 2026|承徳日報の取材
- 2026|第9回小売デジタル化年会
- 2025|デジタル技術革新賞
- 2025|優秀小売デジタル化実践事例
- 2025|FMCG業界デジタル化フォーラム
- 2024|小売年会の登壇者紹介
- 2024|小売デジタル化工作委員会の組織構成
- 2024|承徳市政府大事記:業界労働組合連合会
- 2023|承徳仲裁委員会との交流
- 2023|百度百科:業界労働組合連合会
- 2020|中国科学技術協会:ESRS
- 2020|河北省科学技術協会の人物紹介
- 2020|承徳市科学技術協会の報道
- 2020|ESRSの開発と運用
- 2020|感染症流行期のCIOとオンライン小売
- 2018|メトラー・トレドの業界取材
- 2018|第1回承徳インターネット年会の報道
- 2016|小学校への寄付活動
- 2016|承徳市商務発展専門家名簿
- 2013|河北新聞網:青年団の活動
- 中国マラソン:大会成績
- 百度百科:沈楠
- GitHub:Mythflair
個人の経験(中国語記事)
2013年以前の一部の表彰と経歴は、主に紙の証書や歴史資料に残されており、整理を続けています。
連絡先
- 紫塞網: zisai.com
- GitHub: Mythflair
- メール: [email protected]
昔の紫塞を訪れたことのある方も、技術、承徳、インターネットの思い出、暮らしの小さな疑問に関心のある方も、お気軽にご連絡ください。
2026年10月19日更新。中国語プロフィールに合わせて改訂。組織名・役職名は原文の意味に沿った表記です。
2026年秋|近況
この一年で、書くことと発信することのペースが少しずつ定まってきました。紫塞には日々の記録や考えを残し、その中からいくつかを選んで、WeChat公式アカウントでより多くの方に届けています。書いたときは、ただ一つのことを自分の中で整理したかっただけの文章も、しばらくして読み返すと、自分の変化が見えてきます。
暮らしの中では、運動を日常に取り入れることを、以前より意識するようになりました。歩いたり、軽い筋力トレーニングをしたりして、仕事以外にも自分の体をいたわる時間をつくっています。若い頃はマラソンも走りましたが、今はこうした小さな習慣を長く続けられるかどうかを、より大切にしています。
子どもたちが少しずつ成長するにつれ、父親という役割についても、あらためて考えています。自分にまだ力があり、これまでに蓄えてきたものがあるうちに、できる限り支え、子どもたちの前にある道を少しでも増やしておきたいと思います。どの道を歩むかは、最後は子どもたち自身が決めることです。
